不動産取引で使われる「現況」は、一般的な日本語の「現在の状況」とは意味の重みが違う。契約書に一言入るだけで、売主が修繕義務を負わない・図面より実物が優先される・固定資産税の計算根拠が変わるといった実害に直結する。本記事では「現況」の3つの使われ方を切り分けたうえで、民法・宅建業法・固定資産評価基準の条文にさかのぼって、どこまでが免責され、どこからは免責されないのかを整理する。
この記事のポイント
- 不動産の「現況」には①現況渡し・現況有姿(売買)②現況優先(賃貸・図面)③現況地目(税務)の3つの使われ方があり、意味も影響範囲も別物である
- 「現況渡し」でも告知義務と契約不適合責任は消えない。売主が知っていた不具合を隠せば、追完請求・代金減額・損害賠償・契約解除の対象になる(民法562〜564条)
- 買主の通知期限は「不適合を知った時から1年以内」(民法566条)。売主が宅建業者なら引渡しから2年以上の責任期間が強制される(宅建業法40条)
- 賃貸の「現況優先」は図面より実物が契約内容になるという意味であり、貸主の修繕義務(民法606条)を免除するものではない
- 固定資産税は登記地目ではなく賦課期日(1月1日)の現況地目で課税される。住宅を取り壊すと同じ土地でも税額が約6倍になりうる
不動産の「現況」とは?3つの使われ方を切り分ける
「現況」という語は、不動産の現場では文脈ごとに別の制度を指している。まずこの3つを混同しないことが、トラブル回避の出発点だ。
| 用語 | 使われる場面 | 意味 | 効果が及ぶ範囲 |
|---|---|---|---|
| 現況渡し/現況有姿 | 売買契約 | 修繕・改修をせず、引渡し時点の状態のまま引き渡す | 売主の修繕義務。告知義務・契約不適合責任は免除されない |
| 現況優先 | 賃貸の募集図面・重要事項説明 | 図面と実物が食い違う場合は実物(現況)を正とする | 間取り・設備の表示。貸主の修繕義務は残る |
| 現況地目 | 固定資産税・相続税評価 | 登記簿の地目ではなく、実際の利用状況で判定した地目 | 課税標準と税額。登記を変えなくても課税は変わる |
現況渡し・現況有姿(売買)
土地売買における現況とは、造成・インフラ整備などを一切行わないまま売買することを意味する。このような土地は「現況有姿分譲地」とも呼ばれる。建物売買では、修繕・リフォームの手を加えないまま売買することを指す。売買契約書に「現況有姿」と記載がある場合、引渡しまでに状態の変化が生じても、売主はそのまま売買するという意思表示になる。
現況優先(賃貸)
賃貸物件では、図面と実際の間取りが異なる場合は現況(実物)が優先される。古い物件では作成コストの問題から図面を更新せずに使い回すケースが多く、募集図面に「現況優先」という但し書きが付されていることがある。この但し書きは「図面は参考情報にすぎない」という宣言であり、内覧をせずに申し込むリスクを借主側に移す働きをする。
現況地目(税務・登記)
土地には登記簿上の地目(登記地目)と、実際の利用状況にもとづく地目(現況地目)がある。両者は一致していないことが珍しくない。畑として登記されたまま駐車場として使われている土地、宅地として登記されたまま資材置き場になっている土地などが典型だ。固定資産税は登記地目ではなく現況地目で課税されるため、この不一致は税額に直接効く。詳細は後述する。
「現況渡し」で売主はどこまで免責されるのか
現況渡しは売主に有利な条件に見えるが、免責されるのは「修繕して引き渡す義務」までである。告知義務は免除されない。売主が知っている不具合・事故・修繕履歴については、必ず買主・借主に開示しなければならない。
買主に認められている4つの権利(民法562〜564条)
2020年4月施行の改正民法により、従来の「瑕疵担保責任」は「契約不適合責任」に置き換わった。引き渡された目的物が種類・品質・数量について契約の内容に適合しないとき、買主は次の4つを行使できる。
| 権利 | 根拠条文 | 内容 | 行使の条件 |
|---|---|---|---|
| 追完請求 | 民法562条 | 修補・代替物の引渡し・不足分の引渡しを求める | 不適合が買主の責めに帰すべき事由によるものでないこと |
| 代金減額請求 | 民法563条 | 不適合の程度に応じて代金の減額を求める | 原則として、相当の期間を定めて追完を催告しても履行がないこと |
| 損害賠償請求 | 民法564条(415条) | 不適合によって生じた損害の賠償を求める | 債務不履行の一般原則による |
| 契約解除 | 民法564条(541・542条) | 契約そのものを解除する | 催告解除が原則。契約目的を達せられない場合は無催告解除も可 |
現況渡しを条件としていても、売主が知っていた不具合を告知せずに引き渡した場合は契約不適合責任を負う。「現況渡しだから一切責任を負わない」という理解は誤りである。免責されるのは、売主も買主も知り得なかった事象についてであり、知りながら黙っていた事象は対象外だ。
通知期限は「知った時から1年以内」(民法566条)
見落とされやすいのが期限である。種類または品質に関する契約不適合については、買主がその不適合を知った時から1年以内に売主へ通知しなければ、追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・契約解除のいずれも主張できなくなる(民法566条)。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知っていた場合、または重大な過失によって知らなかった場合は、この期間制限は適用されない。
実務上の要点は「1年以内に権利行使まで終える」必要はなく、1年以内に『不適合がある』という事実を通知すれば足りることだ。原因調査や金額交渉に時間がかかる場合でも、まず通知を先行させる。通知の事実を残すため、書面または電子メールなど記録の残る手段で行う。
売主が宅建業者なら「引渡しから2年以上」が強制される(宅建業法40条)
売主が宅地建物取引業者、買主が宅建業者でない一般の個人・法人である場合、民法より買主に不利な特約は無効となる。宅地建物取引業法40条は、目的物の引渡しの日から2年以上となる特約を除き、買主に不利な特約を禁じている。
| 売主 | 買主 | 責任期間の扱い | 全部免責の特約 |
|---|---|---|---|
| 宅建業者 | 一般の個人・法人 | 引渡しから2年以上としなければならない(宅建業法40条) | 無効 |
| 一般の個人 | 一般の個人 | 当事者の合意で自由に設定できる(3か月などが一般的) | 有効(ただし売主が知っていた不具合は除く。民法572条) |
| 宅建業者 | 宅建業者 | 合意により自由に設定できる | 有効 |
つまり「引渡後1年間に限り責任を負う」という特約は、売主が宅建業者であれば下限の2年に満たないため無効となり、民法の原則に引き戻される。中古物件を業者から買う場合と個人から買う場合で、現況渡しの実質的な重さが大きく異なるのはこのためだ。
賃貸の「現況優先」はどこまで有効か
図面と実物が違うときは実物が契約内容になる
募集図面に「現況優先」とある場合、図面上の間取り・設備・寸法は参考値にとどまり、実際に内覧した状態が契約内容として扱われる。図面では洋室と書かれているのに実際は和室、収納があるはずの位置に給湯設備がある、といった食い違いが起きても、現況優先の但し書きがあると図面を根拠にした是正要求は通りにくい。内覧を省略して申し込むリスクが、そのまま借主に移ることになる。
現況優先でも貸主の修繕義務は消えない(民法606条)
ここが最も誤解されやすい点である。民法606条は「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」と定めている。現況優先はあくまで「表示の食い違いをどちらで解決するか」のルールであって、入居後に発生した設備故障や、生活に支障をきたす不具合の修繕義務を免除するものではない。
ただし2020年の改正で、賃借人の責めに帰すべき事由によって修繕が必要となった場合は、貸主の修繕義務は生じないという但し書きが加わっている。入居者の使い方が原因の破損は借主負担、経年劣化や設備寿命によるものは貸主負担、という切り分けになる。
内覧時に記録すべき5項目
- 水回り・給湯器・換気扇・エアコンの動作確認(実際にスイッチを入れる)
- 天井・壁の雨染み、結露痕、カビの有無
- 床のきしみ、建具の開閉、サッシの立て付け
- 収納の実寸(図面の寸法を信用しない)
- 上記すべての写真記録(日付が残る形で撮影する)
「現況地目」と「登記地目」の違い ─ 税額が変わる
土地の固定資産税は、総務大臣が定める固定資産評価基準にもとづいて地目別に評価される。ここで用いられるのは登記簿上の地目ではなく、賦課期日である毎年1月1日時点の現況の地目である。登記を変更していなくても、実際の利用状況が変われば課税の扱いも変わる。
固定資産評価上の9地目
| 地目 | 内容 |
|---|---|
| 宅地 | 建物の敷地およびその維持に必要な土地 |
| 田 | 用水を利用して耕作する土地 |
| 畑 | 用水を利用せずに耕作する土地 |
| 鉱泉地 | 鉱泉(温泉を含む)の湧出口およびその維持に必要な土地 |
| 池沼 | かんがい用水でない水の貯留池 |
| 山林 | 耕作の方法によらないで竹木の生育する土地 |
| 牧場 | 家畜を放牧する土地 |
| 原野 | 耕作の方法によらないで雑草・かん木類の生育する土地 |
| 雑種地 | 上記のいずれにも該当しない土地(駐車場・資材置場・私道など) |
計算例:住宅を取り壊すと同じ土地の税額が約6倍になる
現況地目が税額に効く典型が、住宅用地の特例である。住宅が建っている土地には課税標準の軽減があり、200平方メートル以下の部分(小規模住宅用地)は評価額の6分の1、200平方メートルを超える部分(一般住宅用地)は3分の1に圧縮される。住宅を取り壊して更地や駐車場にすると、この特例が外れる。
土地200平方メートル・固定資産税評価額2,000万円・標準税率1.4%で試算すると次のようになる。
| 土地の現況 | 特例 | 課税標準 | 年間の固定資産税(概算) |
|---|---|---|---|
| 住宅が建っている(小規模住宅用地) | 6分の1 | 約333万円 | 約46,700円 |
| 更地・駐車場など(雑種地) | なし | 2,000万円 | 約280,000円 |
差は年間で約23万円、倍率にして約6倍である。空き家を解体すべきか迷う場面で必ず論点になるのがこの構造だ。なお実際の税額には負担調整措置が働くほか、市街化区域であれば都市計画税(標準税率0.3%)が別途かかる。上表は現況地目の違いが税額に与えるインパクトを示すための概算であり、正確な金額は課税明細書と自治体の窓口で確認してほしい。
登記地目を変えずに放置するとどうなるか
課税は現況で判定されるため、登記地目が古いままでも「課税されない」ということは起こらない。一方で、登記地目と現況が食い違ったままだと、売却時の融資審査、農地法の許可要否の判断、相続税評価の場面で確認作業が増える。特に登記が農地(田・畑)のままの土地は、実際に耕作していなくても農地法の手続きが必要になる場合があり、売買のスケジュールに直接影響する。
現況をめぐるトラブルを防ぐ実務チェックリスト
- 必ず内覧を実施し、室内の状態を写真に記録する(日付の残る形で)
- 契約書に「現況有姿」「現況優先」が記載されている場合、どの範囲に及ぶ条項なのかを書面で確認する
- 売主・貸主に対し、把握している不具合・修繕履歴・事故の有無を書面で照会する(口頭のやり取りは残らない)
- 売主が宅建業者かどうかを確認する。責任期間の下限が変わる
- 引渡し後に不具合を見つけたら、調査完了を待たずに1年以内に通知する
- 土地取引では登記地目と現況地目の一致を確認する。不一致なら課税・融資・農地法の3点を確認する
- 現況と許容できない乖離がある場合は契約しないという選択肢も持つ
- 投資目的の場合は専門家のセカンドオピニオンを活用する
よくある質問(FAQ)
Q. 「現況有姿」と書いてある契約書はどのような意味か?
売主・貸主が修繕・改修を行わず、現時点の状態のまま物件を引き渡すという条件だ。ただし告知義務は依然として発生するため、知っている不具合は開示しなければならない。
Q. 現況渡しでも契約不適合責任を問えるか?
売主が知っていた不具合を告知しなかった場合は問える。現況渡しは「知らなかった不具合」への責任免除にはなるが、「知っていて隠した不具合」には適用されない(民法572条)。
Q. 「現況優先」と書かれた賃貸で、図面と間取りが違った場合はどうすべきか?
現況優先の原則により実物が契約内容となる。内覧時に必ず実物を確認し、許容できない場合は契約しないことが合理的な判断だ。ただし現況優先であっても、入居後の設備故障に対する貸主の修繕義務(民法606条)は残る。
Q. 契約不適合を見つけたら、いつまでに何をすればよいか?
不適合を知った時から1年以内に、売主へ「不適合がある」旨を通知する(民法566条)。この期限内に金額交渉や修補まで終える必要はない。記録の残る書面・メールで通知し、その後に調査と交渉を進める。
Q. 登記地目と現況地目が違うと、固定資産税はどちらで課税されるか?
現況地目で課税される。固定資産税の評価は、登記簿の地目にかかわらず賦課期日(1月1日)時点の現況の地目によって判定される。登記を変更していなくても、利用状況が変われば税額は変わる。
Q. 現況渡し物件の内覧で何をチェックすべきか?
設備の動作確認(水回り・給湯器・換気扇)、雨染みや結露痕の有無、床・壁・天井の劣化状況、収納スペースの実寸確認が重要だ。写真を記録として残しておく。
