ビル経営とは、事業者に建物を貸して賃料を得る不動産投資です。2026年7月時点の東京ビジネス地区は平均空室率1.95%・平均賃料23,287円/坪、丸の内・大手町のAクラスビルの期待利回りは2026年4月時点で3.2%。数字で見ると、ビル経営のリスクは「空室率が何%か」ではなく、1フロアの空室がいくらの減収を生むかと支出がどれだけ上がったかに集約されます。この記事は、土地をお持ちの地主・資産家の方と、一棟のテナントビル取得を検討している投資家の方に向けて、建築費・賃料・利回り・税金を一次情報の数値で示し、「建てる/買う/土地だけ貸す」のどれを選ぶかを判断できる形に整理したものです。
この記事のポイント
- 2026年7月時点の東京ビジネス地区の平均空室率は1.95%、平均賃料は23,287円/坪で、新築ビル11.37%と既存ビル1.78%に大きな差があります。
- Aクラスオフィスの期待利回りは東京で3.2〜3.8%、地方主要都市で4.0〜5.2%です(2026年4月時点)。
- 建築費は国の統計から逆算するとRC造で約41.0万円/㎡(約135.5万円/坪)、延床300坪なら約4.1億円が目安になります。
- 貸付有効面積200坪・東京平均賃料なら満室想定の年間賃料は約5,589万円。1フロア50坪が1年空くと約1,397万円、年収の4分の1が消えます。
- 賃料に消費税がかかる、住宅用地特例が使えない、事務所用RC造の法定耐用年数は50年など、賃貸住宅経営とは制度そのものが違います。
ビル経営の市況を数字で押さえる(2026年最新)
まず、いま市場がどうなっているかを数字で確認します。結論から言えば、東京のオフィス市況は空室率が低下し賃料が上昇する局面にあり、大阪・名古屋は空室率が東京の1.6〜1.8倍という水準です。同じ「ビル経営」でも、立地によって前提条件がまったく違います。
東京・大阪・名古屋の空室率と賃料坪単価
オフィス市況の標準的な指標である三鬼商事のオフィスマーケットデータ(2026年7月時点)では、3大都市圏の数値は次のとおりです。
| ビジネス地区 | 平均空室率 | 平均賃料(円/坪・月) | 前月比(空室率) |
|---|---|---|---|
| 東京(都心5区) | 1.95% | 23,287円 | 0.04ポイント低下 |
| 大阪 | 3.24% | 13,411円 | 0.17ポイント上昇 |
| 名古屋 | 3.59% | 13,343円 | 0.10ポイント上昇 |
東京は4カ月連続で空室率が低下し、平均賃料は前年同月比で11.38%(2,380円)上昇しました。一方、大阪は新築ビルの竣工と館内縮小に伴う大型解約、名古屋は新築ビルへの移転による二次空室の影響で、いずれも空室率が上向いています。東京の賃料は大阪・名古屋の約1.7倍で、同じ延床面積のビルでも収入の桁が変わります。
東京都心5区の区別データ
「東京だから安全」とは言えません。同じ都心5区でも、空室率と賃料には次の差があります。
| 区 | 平均空室率 | 平均賃料(円/坪・月) |
|---|---|---|
| 千代田区 | 1.23% | 24,914円 |
| 中央区 | 2.95% | 21,351円 |
| 港区 | 2.18% | 23,571円 |
| 新宿区 | 2.08% | 20,237円 |
| 渋谷区 | 1.11% | 26,224円 |
空室率が最も低いのは渋谷区の1.11%で、賃料も26,224円と5区で最高です。逆に中央区は空室率2.95%、賃料21,351円。賃料の高い区ほど空室率が低いという関係がはっきり出ており、テナントの取り合いは価格競争ではなく立地とスペックの競争になっています。
新築11.37%と既存1.78%の差が意味すること
東京ビジネス地区全体の空室率1.95%の内訳を見ると、新築ビルの空室率は11.37%、既存ビルは1.78%です。この6倍以上の差は、ビル経営のリスクがどこにあるかを端的に示しています。
既存ビルはほぼ埋まっている。それでも新築ビルに1割強の空きが出るのは、供給されたばかりの大型ビルが順次テナントを集めている途中だからです。裏を返せば、これから建てるビルは、竣工直後に空室を抱えた状態から始まる可能性が高いということです。竣工から満室稼働までの数カ月から1年をどう資金繰りするかは、事業計画の最初に置くべき論点になります。
ビル経営と賃貸住宅経営の違いを制度と数値で比較する
「ビル経営は賃料が高い」「住宅より景気に左右される」といった感覚的な違いは、よく語られます。しかし実際に手残りを左右するのは、税制と契約制度の違いです。ここが、地主の方がビル経営を選ぶ本当の理由でもあります。
7項目で見る制度比較
| 項目 | ビル経営(事務所・店舗) | 賃貸住宅経営 |
|---|---|---|
| 期待利回り(2026年4月時点) | 東京・丸の内大手町3.2%/池袋3.8%/大阪梅田4.0%/仙台5.0% | 東京・城南 ワンルーム3.6%/ファミリー3.7% |
| 法定耐用年数(SRC造・RC造) | 事務所用50年/店舗用・病院用39年/飲食店用41年 | 住宅用47年 |
| 定額法の償却率 | 50年=0.020/39年=0.026/41年=0.025 | 47年=0.022 |
| 賃料の消費税 | 課税(事務所・店舗などの貸付け) | 非課税(住宅の貸付け) |
| 不動産取得税(家屋) | 非住宅 4% | 住宅 3% |
| 固定資産税の住宅用地特例 | 適用なし | 小規模住宅用地は課税標準1/6(都市計画税は1/3) |
| 主流の契約形態 | 定期建物賃貸借を選べる/契約期間は長め | 普通借家・2年更新が一般的 |
期待利回りだけを見ると、丸の内・大手町のオフィス3.2%より東京・城南の賃貸住宅3.6〜3.7%のほうが高く出ます。ビル経営は「利回りが高いから選ぶ」投資ではありません。選ぶ理由は、後述する契約の自由度と、土地の使い方の選択肢の広さにあります。
賃料に消費税がかかるかどうかで、資金繰りと事務負担が変わる
住宅の貸付けは消費税が非課税ですが、事務所・店舗など事業用建物の貸付けは課税取引です。ここは賃貸住宅経営から移ってきた方が最初につまずくところです。
課税売上になるということは、預かった消費税を納める義務が生じる一方で、建築費や修繕費に含まれる消費税を仕入税額控除できるということでもあります。数億円の建築費に対する消費税は無視できない金額です。個人で持つか法人で持つか、課税事業者を選択するかどうかは、建てる前に税理士と詰めておく論点になります。なお、店舗等併設住宅の場合は、住宅部分のみが非課税となるため、家賃を住宅部分と店舗部分に合理的に区分する必要があります。
事業用の土地に住宅用地特例はない。ただし23区には減免がある
固定資産税の住宅用地特例(小規模住宅用地は課税標準1/6)は、住宅の敷地にだけ適用されます。テナントビルの敷地は非住宅用地となり、この特例は使えません。固定資産税の標準税率は1.4%、都市計画税は制限税率0.3%で、東京23区も0.3%です。
ただし、東京23区内には別の救済があります。小規模非住宅用地に対する固定資産税・都市計画税の減免で、令和8年度も実施されます。内容は次のとおりです。
- 減免額:対象土地のうち200㎡までの部分にかかる固定資産税・都市計画税の2割
- 土地の要件:一画地における非住宅用地の面積が400㎡以下であること
- 対象者:個人、資本金または出資金1億円以下の法人など
- 手続き:申請が必要(令和7年度に減免を受けた方は改めての申請は不要)
一画地400㎡以下という条件があるため、大型ビルは対象外です。中小規模ビルのオーナーにとっては、申請を忘れると毎年取りこぼす金額になります。
4つの経営スタイルを利回りと耐用年数で選び分ける
ビル経営には、医療専門ビル・商業ビル・オフィスビル・住居との複合ビルという4つのスタイルがあります。どれを選ぶかは好みの問題ではなく、期待利回り・法定耐用年数・退去後の再テナント難易度という3つの軸で決まります。
4スタイルの判断表
| スタイル | 参照できる期待利回り(2026年4月時点) | 法定耐用年数(SRC造・RC造) | 退去後の再テナント | 内装・原状回復の負担 |
|---|---|---|---|---|
| 医療専門ビル | 不動産投資家調査に区分なし。オフィスの水準を参考にする | 病院用39年(償却率0.026) | 設備の特殊性が高く、代替テナントが限られる | テナント側のB工事負担が大きく、退去時の復旧範囲でもめやすい |
| 商業ビル | 都心型高級専門店 銀座3.3%/郊外型ショッピングセンター 東京5.0% | 店舗用39年(0.026)/飲食店用41年(0.025)※木造内装30%超は34年 | 立地の代替性しだい。銀座と郊外で難易度が大きく違う | スケルトン返しが基本。飲食は排水・排気の復旧費が読みにくい |
| オフィスビル | 東京 丸の内大手町3.2/日本橋3.4/虎ノ門3.5/渋谷3.5/港南3.7/西新宿3.7/池袋3.8、大阪梅田4.0/名古屋4.3/福岡4.5/仙台5.0 | 事務所用50年(0.020) | 汎用性が高く比較的決まりやすい | 原状回復の範囲が定型化しており見積りやすい |
| 住居との複合ビル | 賃貸住宅一棟:東京・城南 ワンルーム3.6/ファミリー3.7 | 主たる用途で判定。住宅用47年(0.022) | 用途を分けることで空室の同時発生を避けやすい | 住宅部分は原状回復ガイドラインの世界、事業用部分は契約次第で二層構造になる |
医療専門ビル:利回りより「次が決まるか」を見る
複数の診療科が入る専門ビルは、テナント間の連携が図りやすく、患者の来訪が安定するという強みがあります。開業医は簡単に移転しないため、契約は長期化しやすい。ここまでは従来から言われてきたとおりです。
問題は退去後です。診療所の内装と設備は特殊性が高く、同じ診療科の後継テナントが現れなければ、大規模な改修なしには次が決まりません。法定耐用年数も病院用で39年と、事務所用の50年より11年短くなります。医療専門ビルを検討するなら、期待利回りの高さではなく、そのエリアの診療所開業需要が何年続くかを見てください。
商業ビル:銀座3.3%と郊外型SC 5.0%の差は、立地の代替性の差
商業店舗の期待利回りは、都心型高級専門店の銀座が3.3%で3期連続横ばい、郊外型ショッピングセンターの東京が5.0%です。1.7ポイントの差は、そのまま「代わりの立地があるかどうか」の差だと考えてください。
銀座に出店したいテナントは銀座以外を選べません。だから低い利回り(=高い価格)が成立します。郊外型は代替候補が多く、テナントの交渉力が強いため、投資家は高い利回りを求めます。商業ビルを検討するときは、「自分の土地は、テナントにとって代えがきかない場所か」を最初に問うことをおすすめします。
オフィスビル:契約が長い分、解約1件の減収が大きい
オフィスビルは用途の汎用性が高く、原状回復の範囲も定型化しているため、4スタイルのなかでは最も運営が読みやすい形態です。法定耐用年数も事務所用50年と最長で、1年あたりの減価償却費は小さくなります。
一方で、1テナントあたりの契約面積が大きいため、解約が1件出たときの減収額が大きいという特性があります。テナント数が少ないビルほど、収入は階段状に落ちます。この点は後段の「空室リスクを金額に翻訳する」で具体的に計算します。
住居との複合ビル:空室リスクは分散するが、制度が二層になる
低層をテナント、中上層を住居とする複合ビルは、オフィス需要と住宅需要が同時に落ち込みにくいため、収入の変動を抑えられます。地主の方が最初に検討されることも多い形態です。
ただし、住宅部分の賃料は消費税が非課税、事業用部分は課税となり、経理は二層構造になります。契約も、住宅部分は普通借家、事業用部分は定期建物賃貸借と分けて設計するのが実務的です。管理の手間は、単一用途のビルより確実に増えます。
いくらかかって、いくら残るのか
ここからが本題です。建築費・賃料収入・NOI・収益価格・減価償却を、実際の数字で順番に計算していきます。使うのは国の統計と市場データだけで、都合のよい前提は置きません。
建築費:RC造で約135.5万円/坪、延床300坪なら約4.1億円
国土交通省の建築着工統計調査報告(令和7年計分)の総括表には、構造別の着工床面積と工事費予定額が載っています。ここから㎡単価を計算すると、次のようになります。
| 構造 | 着工床面積(令和7年) | 工事費予定額 | ㎡単価 | 坪単価 |
|---|---|---|---|---|
| 鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC) | 1,075,557㎡ | 5,160.0億円 | 約48.0万円 | 約158.6万円 |
| 鉄筋コンクリート造(RC) | 18,436,686㎡ | 75,549.9億円 | 約41.0万円 | 約135.5万円 |
| 鉄骨造(S) | 33,833,513㎡ | 125,643.4億円 | 約37.1万円 | 約122.8万円 |
| 非居住用建築物 計 | 36,475,920㎡ | 141,857.3億円 | 約38.9万円 | 約128.6万円 |
※この単価は全用途の平均です。用途・グレード・階数・地盤条件によって大きく変わるため、実際の見積りの代わりにはなりません。あくまで事業計画の初期検討で桁を外さないための目安として使ってください。構造別の内訳をさらに詳しく確認したい方は、建築費の坪単価と内訳の考え方もあわせてご覧ください。
この単価で、延床300坪(約992㎡)のRC造ビルを建てると約4.1億円という計算になります(135.5万円/坪×300坪=4.065億円)。
なお、建築着工統計の令和7年計では、全建築物の着工床面積は9,585万㎡で前年比6.7%減、非居住用は3,648万㎡で7.0%減となっています。着工は減っているのに工事費予定額は増えているという構図が、資材と労務の単価上昇をそのまま表しています。
満室賃料からNOIまで
延床300坪、貸付有効面積200坪(レンタブル比約67%)のビルを、東京ビジネス地区の平均賃料23,287円/坪で貸した場合を計算します。
| 項目 | 金額(年間) | 計算根拠 |
|---|---|---|
| 満室想定賃料 | 約5,589万円 | 200坪×23,287円×12カ月 |
| 空室損(稼働率95%想定) | △約279万円 | 満室想定賃料×5% |
| 実効総収入 | 約5,310万円 | 満室想定賃料−空室損 |
| 運営費(管理委託・水光熱・修繕・保険・公租公課) | △約1,328万円 | 実効総収入×25%と仮置き |
| NOI(純収益) | 約3,982万円 | 実効総収入−運営費 |
ここで注意していただきたいのが、土地を既に持っている地主の方ほど、利回りを過大に見積もりやすいという点です。建築費4.1億円だけを分母にすると表面利回りは13.6%になりますが、土地の時価を3億円とすれば総投資額は7.1億円、表面利回りは7.9%、NOIベースでは5.6%まで落ちます。土地の機会費用を入れずに判断すると、事業の実力を見誤ります。利回りの定義と使い分けについては、表面利回りと実質利回りの計算方法で整理しています。
期待利回りから収益価格を逆算する
NOIを期待利回りで割り戻すと、収益価格の目安が出ます。同じNOI約3,982万円でも、使う利回りによって答えは大きく動きます。
| 採用する利回り | 収益価格 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 3.5% | 約11.4億円 | 虎ノ門のAクラスビル相当。大型優良ビルの水準 |
| 4.5% | 約8.8億円 | 地方主要都市のAクラス相当 |
| 5.5% | 約7.2億円 | 築年数・規模・立地に難がある場合 |
不動産投資家調査の期待利回りは、各エリアのAクラスビル(大型で設備水準の高いビル)を対象にした数値です。延床300坪クラスの中小ビルにこの利回りをそのまま当てはめると、価格を大幅に過大評価します。ここで示した3ケースは、利回りが1ポイント動くだけで価格が2億円以上変わるという感度を確認するためのものだとお考えください。
減価償却:RC造・事務所用なら年約820万円
建物取得価額4.1億円、RC造の事務所用(法定耐用年数50年、定額法の償却率0.020)で計算すると、減価償却費は次のとおりです。
- 事務所用(50年・0.020):4.1億円×0.020=年約820万円
- 店舗用・病院用(39年・0.026):4.1億円×0.026=年約1,066万円
- 飲食店用(41年・0.025):4.1億円×0.025=年約1,025万円
- 住宅用(47年・0.022):4.1億円×0.022=年約902万円
事務所用と店舗用の差は年約246万円です。用途が違えば、同じ建物でも毎年の必要経費が変わります。なお、平成10年4月1日以後に取得した建物の償却方法は定額法のみです。減価償却の考え方そのものを確認したい方は、建物の減価償却の計算方法もご覧ください。
ビル経営のリスクを「金額」に翻訳する
ここまでの数字を使えば、「リスクが高い」という抽象的な言葉を、具体的な金額に置き換えられます。リスク管理とは、この金額を先に知っておくことだと私たちは考えています。
空室リスク:1フロア50坪が1年空くと約1,397万円
先ほどの200坪のビルを、50坪×4フロアで貸しているとします。1フロアが1年間空いた場合の減収は、50坪×23,287円×12カ月=約1,397万円です。満室想定賃料5,589万円のちょうど4分の1にあたります。
これがビル経営と賃貸住宅経営の決定的な違いです。20戸のアパートで1戸空いても収入は5%しか落ちませんが、4テナントのビルで1つ空けば25%落ちます。テナント数が少ないほど、収入は階段状に、大きな刻みで落ちる。市場全体の空室率が1.95%でも、自分のビルの空室率は0%か25%のどちらかになるのです。
だからこそ、区画割りの設計段階で「1区画が空いたときに何%落ちるか」を確認しておく価値があります。テナント誘致の具体的な進め方は、満室経営のためのテナント募集の実務で扱っています。
支出上昇リスク:管理委託費1.2倍、火災保険料1.5倍
収入だけを見ていると見落とすのが、支出側の上昇です。ザイマックス不動産総合研究所が2025年2月に公表したレポートによれば、2020年と2024年を比較した各項目の変化は次のとおりです。
| 支出項目 | 2020年比(2024年) | 参照している指標 |
|---|---|---|
| 管理委託費(労務費) | 約1.2倍 | 国土交通省「建築保全労務費」 |
| 修繕費・資本的支出(資材) | 約1.3倍(電力・通信用メタルケーブルは約1.5倍) | 建設物価調査会「建築資材物価指数」 |
| 事業用電力 | 1.3〜1.5倍 | 日本銀行「企業物価指数」 |
| 都市ガス | 1.3〜1.5倍 | 日本銀行「企業物価指数」 |
| 火災保険料 | 約1.5倍 | 日本銀行「企業向けサービス価格指数」 |
同レポートでは、2024年に実施したビルオーナー調査で、直近1年間に収入が増加したと感じる割合が37%だったのに対し、支出が増加したと感じる割合は66%にのぼりました。収入の上昇より支出の上昇のほうが速いというのが、いまの賃貸ビル経営の現実です。先ほどのNOI試算で運営費を実効総収入の25%と置きましたが、この比率は今後上がる方向にあると考えて計画を立ててください。
競合リスク:スペック競争は供給側で起きている
新築ビルの空室率11.37%という数字は、新しいビルが苦戦しているという意味ではありません。既存ビルが1.78%まで埋まっているなかで、テナントが新築の高スペックビルへ動く余地が残っているという意味です。
耐震性能、空調の個別制御、電源容量、共用部のデザイン、非常用発電機。これらは既存ビルが後から追いつきにくい項目です。差別化への継続投資は必要ですが、すべての項目で新築に勝とうとするのは現実的ではありません。自分のビルが選ばれる理由を1つか2つに絞り、そこに資金を集中させるほうが結果につながります。
出口リスク:利回り0.1ポイントの差が3,160万円
先ほどのNOI約3,982万円のビルで、売却時に採用される利回りが3.5%から3.6%へ0.1ポイント動いたとします。収益価格は約11.38億円から約11.06億円へ、およそ3,160万円下がります。1ポイント動けば2億円以上です。
賃料も空室率も変わっていないのに価格が動く。これが金利環境や投資家心理に連動する出口リスクの正体です。第54回不動産投資家調査では「新規投資を積極的に行う」との回答が93%と高い水準を維持していますが、この姿勢が変われば期待利回りは上昇し、価格は下がります。売却時期を1点に決め打ちしないことが、実務上の対策になります。
契約形態で守る:定期借家と事業用定期借地を使い分ける
ビル経営で最も強力なリスク管理手段は、契約書そのものです。借地借家法は、どの契約類型を選ぶかによって、オーナーが将来取れる選択肢を大きく変えます。ここは賃貸住宅経営ではあまり意識されない領域です。
3つの契約類型の比較
| 契約類型 | 根拠条文 | 期間・要件 | オーナーにとっての意味 |
|---|---|---|---|
| 普通借家 | 借地借家法28条 | 更新拒絶・解約申入れには「正当の事由」が必要 | 建替えや自己使用のために明け渡しを求めるハードルが高い |
| 定期建物賃貸借(定期借家) | 同法38条 | 1項=公正証書による等、書面での契約が必要。3項=あらかじめ「更新がなく期間満了で終了する」旨を記載した書面を交付して説明する義務。5項=この説明を欠くと更新がない旨の定めは無効。6項=期間1年以上の場合、満了の1年前から6カ月前までに終了通知が必要 | 期間満了で確実に終了させられる。建替え・再開発の時期を自分で設計できる |
| 事業用定期借地権 | 同法23条 | 1項=存続期間30年以上50年未満。2項=10年以上30年未満。3項=いずれも公正証書によることが必要。専ら事業用建物の所有が目的(居住用は除く) | 建物を建てずに土地だけを貸す。建築費を負担せず、期間満了で更地が戻る |
定期借家で見落とされやすいのが38条3項と5項の組み合わせです。事前説明の書面を交付しなかっただけで、「更新がない」という肝心の定めが無効になります。契約書に定期借家と書いてあっても、手続きを踏んでいなければ普通借家として扱われる。ここは仲介会社任せにせず、オーナー自身が確認しておくべきところです。
自分で建てるか、土地だけ貸すか
4.1億円の建築費を負担して自分でビルを建てるか、事業用定期借地権で土地だけを貸すか。この判断は、次の軸で整理できます。
- 資金と借入余力:建てる場合は数億円の借入が前提になります。土地だけ貸すなら建築費はかかりません。
- 収益の大きさ:自分で建てれば賃料収入がそのまま入りますが、空室リスクと修繕費もすべて自分持ちです。土地だけ貸せば地代は建物賃料より小さくなるかわりに、変動が少なくなります。
- 相続対策の効き方:後述するとおり、貸家と貸家建付地の評価減は、自分で建物を建てて貸している場合に効きます。土地だけを貸す場合は貸宅地としての評価になり、計算方法が変わります。
- 出口までの年数:事業用定期借地権は30年以上50年未満か、10年以上30年未満のいずれかです。次の世代がその土地をどう使うかを、いま決められるかどうかが分かれ目になります。
税金とお金の流れ:取得時・保有時・相続時
取得時:不動産取得税は家屋(非住宅)4%
取得時にかかる不動産取得税の税率と特例は、次のとおりです(東京都の場合)。
| 項目 | 内容 | 期限 |
|---|---|---|
| 税率:土地/家屋(住宅) | 3% | 平成20年4月1日〜令和9年3月31日 |
| 税率:家屋(非住宅) | 4% | 同上 |
| 宅地・宅地比準土地の課税標準 | 価格に1/2を乗じる | 令和9年3月31日まで |
| 免税点(令和8年4月1日以降の取得) | 土地16万円/家屋(新築・増築・改築)66万円/家屋(その他売買等)34万円 | ― |
令和8年3月31日以前の取得では免税点が土地10万円・家屋(新築等)23万円・家屋(その他)12万円でしたので、令和8年4月1日以降の取得分から大きく引き上げられたことになります。取得税の計算手順は不動産取得税の計算と軽減措置で詳しく解説しています。
保有時:固定資産税・都市計画税と23区の減免
保有中は固定資産税(標準税率1.4%)と都市計画税(0.3%)がかかります。前述のとおり住宅用地特例は使えませんが、東京23区内で一画地の非住宅用地が400㎡以下であれば、200㎡までの部分の税額が2割減免されます。申請が必要な制度ですので、要件に当てはまるかどうかを一度確認されることをおすすめします。
相続時:貸家と貸家建付地で評価額はどこまで下がるか
ビル経営が地主・資産家の方に選ばれてきた最大の理由が、この相続税評価の圧縮です。算式は次のとおりです。
- 貸家=固定資産税評価額−固定資産税評価額×借家権割合×賃貸割合
- 貸家建付地=自用地としての価額−自用地としての価額×借地権割合×借家権割合×賃貸割合
借家権割合は国税局長が定める割合で、財産評価基準書で確認します。令和8年分も東京都をはじめ30%とされています。借地権割合は路線価図の記号で示され、A:90%、B:80%、C:70%、D:60%、E:50%、F:40%、G:30%です。
土地300㎡(自用地評価額3億円、借地権割合70%)に、固定資産税評価額2億円のビルを建てて満室で貸しているケースで計算します。
| 項目 | 評価前 | 計算 | 評価後 |
|---|---|---|---|
| 建物(貸家) | 2億円 | 2億円×(1−30%×100%) | 1億4,000万円 |
| 土地(貸家建付地) | 3億円 | 3億円×(1−70%×30%×100%) | 2億3,700万円 |
| 土地(小規模宅地等の特例を適用) | 2億3,700万円 | 200㎡相当分1億5,800万円の50%=7,900万円を減額 | 1億5,800万円 |
| 合計 | 5億円 | ― | 2億9,800万円 |
約2億円、率にして4割の圧縮です。ただし、小規模宅地等の特例のうち貸付事業用宅地等(200㎡まで50%減額)には条件があります。不動産貸付業・駐車場業・準事業も対象になりますが、相当の対価を継続して得ていることが要件で、使用貸借で貸し付けている土地は対象外です。また、相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地は、原則として対象になりません。「相続の直前に建てる」という発想は通用しない、ということです。
なお、これらは制度の仕組みを理解するための試算です。実際の申告では、路線価、各種補正率、賃貸割合、他の特例との併用関係によって金額が変わります。個別の判断は税理士にご相談ください。
私たちがビル経営のご相談で最初に確認していること
ビル経営のご相談をいただいたとき、私たちが最初に伺うのは利回りではありません。「このビルを、誰が、何年、運営するのか」です。
数字の計算はここまで示したとおり、前提さえ揃えば誰でもできます。しかし、竣工から10年後に空いた1フロアを埋めるのは計算式ではなく人です。テナントの業績変化に気づき、退去の兆しを早く掴み、次の候補を先に用意しておく。この一連の動きができるかどうかで、同じ立地・同じスペックのビルでも稼働率は変わります。
私たちは人財こそが最大の資産だと考えています。ビル経営でこの考え方が意味するのは、管理会社をコストとして値切るのではなく、パートナーとして情報が集まる関係をつくるということです。テナント企業の増床計画や移転検討をいち早く知る立場にあるのは、日常的にビルに出入りしている人たちです。管理委託費は2020年比で約1.2倍になりましたが、その分だけ現場から情報が上がってくる体制を組めているかどうかを見ています。
もう一つ確認するのは、出口を1つに決めていないかという点です。売却、建替え、次世代への承継、事業用定期借地への切り替え。どれを選ぶにしても、契約形態が普通借家で固まっていると選択肢そのものが消えます。だからこそ、定期建物賃貸借を初期から設計に入れておくことをおすすめしています。短期の賃料を最大化するより、10年後に選べる状態を残すほうが、結果として資産を守ります。
まとめ
- 2026年7月時点の東京ビジネス地区は平均空室率1.95%・平均賃料23,287円/坪。大阪3.24%・13,411円、名古屋3.59%・13,343円と、都市によって前提条件が大きく違います。
- 新築ビルの空室率11.37%に対し既存ビルは1.78%。これから建てるビルは、竣工直後の空室を織り込んだ資金計画が要ります。
- 建築費はRC造で約135.5万円/坪、延床300坪なら約4.1億円。貸付有効面積200坪・東京平均賃料で満室想定年間賃料は約5,589万円、NOIは約3,982万円が目安です。
- 1フロア50坪が1年空くと約1,397万円の減収で、満室賃料の4分の1にあたります。空室率は%ではなく金額で管理してください。
- 賃料の消費税、住宅用地特例の有無、法定耐用年数(事務所用50年・店舗用39年・住宅用47年)、契約形態。ビル経営と賃貸住宅経営は、制度そのものが違います。
- 相続税評価は貸家・貸家建付地・小規模宅地等の特例で大きく下がりますが、相当の対価を継続して得ていることが前提です。
よくある質問(FAQ)
- Q. ビル経営の利回りの目安はどのくらいですか?
- A. 2026年4月時点のAクラスオフィスの期待利回りは、東京で丸の内・大手町3.2%、日本橋3.4%、虎ノ門3.5%、池袋3.8%、地方主要都市で大阪梅田4.0%、名古屋・横浜4.3%、福岡4.5%、仙台5.0%です。ただしこれは大型優良ビルの水準で、中小規模ビルはこれより高い利回り(=低い価格)で取引されます。
- Q. テナントビルの空室率はどのくらいが適正ですか?
- A. 2026年7月時点の東京ビジネス地区の平均空室率は1.95%で、既存ビルに限れば1.78%です。市場平均が2%を切る環境では、自社ビルの空室率を市場平均と比べる意味はあまりありません。テナント数が少ないビルでは1区画空くだけで20%以上落ちるため、%ではなく「1区画あたりの年間減収額」で管理することをおすすめします。
- Q. ビル建築の坪単価はいくらですか?
- A. 建築着工統計調査報告(令和7年計分)から算出すると、RC造で約41.0万円/㎡(約135.5万円/坪)、SRC造で約48.0万円/㎡(約158.6万円/坪)、鉄骨造で約37.1万円/㎡(約122.8万円/坪)です。全用途の平均値であり、用途・グレード・階数・地盤条件で大きく変わります。
- Q. テナントビルの賃料に消費税はかかりますか?
- A. かかります。住宅の貸付けは非課税ですが、事務所・店舗などの事業用建物の貸付けは課税取引です。店舗等併設住宅の場合は、住宅部分のみが非課税となるため、家賃を住宅部分と店舗部分に合理的に区分します。
- Q. ビル経営で相続税評価額はどれくらい下がりますか?
- A. 貸家は固定資産税評価額×(1−借家権割合30%×賃貸割合)、貸家建付地は自用地評価額×(1−借地権割合×借家権割合30%×賃貸割合)で評価します。借地権割合70%の土地3億円と固定資産税評価額2億円の建物なら、小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等は200㎡まで50%減)まで適用して合計約2億9,800万円となり、約4割の圧縮になります。ただし相当の対価を継続して得ていることが要件です。
- Q. ビル経営は個人でも始められますか?
- A. 延床300坪のRC造で建築費だけで約4.1億円という規模になるため、土地をすでにお持ちで、借入余力と長期のキャッシュフロー計画が整っている場合に現実的な選択肢となります。自分で建てずに事業用定期借地権で土地だけを貸す方法もあり、この場合は建築費の負担がありません。
- Q. 定期借家契約にしておけば、期間満了で必ず退去してもらえますか?
- A. 手続きを踏んでいれば期間満了で終了します。ただし借地借家法38条3項の事前説明書面を交付していないと、更新がない旨の定めは同条5項により無効になります。また期間が1年以上の場合は、満了の1年前から6カ月前までに終了通知を出す必要があります。
引用・参考資料
- 三鬼商事「東京ビジネス地区オフィスマーケット」(2026年7月時点)
- 三鬼商事「大阪ビジネス地区オフィスマーケット」(2026年7月時点)
- 三鬼商事「名古屋ビジネス地区オフィスマーケット」(2026年7月時点)
- 日本不動産研究所「第54回 不動産投資家調査」(2026年4月現在/2026年5月27日公表)
- 国土交通省「建築着工統計調査報告(令和7年計分)」(令和8年1月30日)
- 国土交通省「建築着工統計調査報告(令和7年計分)記者発表資料(Excel形式・総括表)」
- 国税庁 タックスアンサー No.2100「減価償却のあらまし」/主な減価償却資産の耐用年数表
- 国税庁 タックスアンサー No.2106「定額法と定率法による減価償却」/減価償却資産の償却率等表
- 国税庁 タックスアンサー No.6226「住宅の貸付け」
- 国税庁 タックスアンサー No.4602「土地家屋の評価」
- 国税庁 タックスアンサー No.4614「貸家建付地の評価」
- 国税庁 財産評価基本通達 第3章「家屋及び家屋の上に存する権利」(89・93・94)
- 国税庁 タックスアンサー No.4124「小規模宅地等の特例」/同 Q&A
- 国税庁「令和8年分 財産評価基準書 東京都 借家権割合」/路線価図の説明(借地権割合の記号)
- 東京都主税局「不動産取得税」(都税Q&A)
- 東京都主税局「固定資産税・都市計画税(土地・家屋)」
- 東京都主税局「小規模非住宅用地に対する固定資産税・都市計画税の減免(23区内)について」
- e-Gov法令検索「借地借家法」(平成3年法律第90号)
- ザイマックス不動産総合研究所「賃貸ビル経営における支出増加の現状」(2025年2月3日)
