相談をいただいたとき、すべてを受けることが誠実だとは限りません。こちらが力になれない依頼を無理に受けると、お客様も社員も苦しくなることがあります。
顧客を選ぶとは、気に入らない相手を排除することではありません。自分たちが責任を持って価値を届けられる関係かどうかを、入口で正直に見ることです。それは、社員、既存のお客様、会社の信頼を守る経営責任でもあります。
この記事のポイント
- 顧客を選ぶことは、排除ではなく、提供できる価値と守るべき信頼を明確にすることです。
- 顧客志向とは、何でも受け入れることではなく、顧客と共に健全な価値をつくる姿勢です。
- 会社は、社員や既存顧客の時間、品質、心理的安全性を守る責任があります。
- 不動産業では、資産・契約・管理が長期に関わるため、相互信頼のない関係を無理に続けてはいけません。
顧客を選ぶとは何か?
顧客を選ぶとは、誰かを見下すことではありません。自分たちが責任を持って価値を届けられる関係を選ぶことです。
会社は、すべての期待に応えられるわけではありません。得意な領域もあれば、力になりにくい相談もあります。最初から信頼関係を築くことが難しい場合もあります。
ここを曖昧にしたまま受注すると、短期的には売上になります。しかし、後から説明の食い違い、期待値のずれ、現場の疲弊が生まれます。結果として、お客様にとっても良い仕事になりません。
顧客を選ぶとは、入口で誠実になることです。「私たちができること」と「できないこと」をはっきり伝える。合わないと感じた場合は、無理に抱え込まない。この判断も、会社の責任だと私は考えています。
顧客志向は迎合ではありません
顧客志向とは、お客様の言うことをすべて受け入れることではありません。長く見て、お客様のためになる判断を一緒に選ぶ姿勢です。
消費者庁は、消費者志向経営を、消費者と共創・協働して社会価値を向上させる経営として推進しています。ここで大切なのは、事業者が社会的責任を自覚し、本業を通じてどのような社会を目指すのかを示すことです。
つまり、顧客志向は「言われた通りにする経営」ではありません。お客様の満足と信頼を大切にしながら、社会にとって望ましい価値を一緒につくる経営です。
たとえば、不動産売却で「とにかく高く見せて早く売りたい」と言われたとします。短期的には、その期待に乗った方が楽かもしれません。しかし、根拠の薄い説明や過度な期待づけは、後で信頼を壊します。
不動産営業における信頼構築の重要性でも書いているように、正直さは成果の手前にある土台です。顧客志向とは、耳ざわりのよいことだけを言う姿勢ではありません。
なぜ顧客を選ぶことが人財を守るのか?
顧客を選ぶことは、人財を守ることでもあります。会社には、社員が誠実に働ける環境を守る責任があります。
現場で働く人は、お客様の最前線に立ちます。丁寧に説明し、調整し、時には謝罪し、難しい要望にも向き合います。その仕事には、感情の負荷があります。
もちろん、苦情や不満を受け止めることは大切です。お客様の声から学ぶことは多くあります。しかし、要求内容や手段が社会通念上不当で、働く人の就業環境を害する場合、それはカスタマーハラスメントとして扱われる問題です。
消費者庁の啓発資料でも、顧客や取引先等からの言動のうち、要求実現の手段・態様が社会通念上不当で、就業環境が害されるものをカスタマーハラスメントと説明しています。厚生労働省も、業界ごとの対策マニュアルづくりを支援しています。
会社が「お客様だから仕方ない」と言い続ければ、人財は疲弊します。誠実な社員ほど、自分を責めます。だから、経営者は境界線を引かなければなりません。
人財を守ることは、お客様を軽んじることではありません。むしろ、よいサービスを継続するための前提です。
不動産業で顧客を選ぶ責任
不動産業で顧客を選ぶ責任が重いのは、契約だけで終わらない仕事だからです。扱う金額も大きく、関係も長く続きます。
不動産には、金額の大きさがあります。住まい、相続、賃貸管理、事業用資産、地域との関係。どれも人生や資産に深く関わります。だから、相互信頼のないまま進めると、後から大きな問題になります。
たとえば、管理を任せたいという相談があっても、修繕や入居者対応への考え方がまったく合わない場合があります。必要な説明を聞かず、短期の費用だけで判断されると、現場の品質を守れません。
そのようなときに、会社は勇気を持って伝える必要があります。「私たちのやり方では、お役に立てないかもしれません」と。これは逃げではありません。むしろ、無理に受けて双方が不幸になることを避ける判断です。
富裕層がアドバイザーを信用しない理由でも触れたように、信頼は都合のよい言葉だけでは生まれません。合わない可能性も含めて正直に伝えることが、長期の信頼につながります。
INAが大切にする境界線
INAが大切にする境界線は、相手を拒むための線ではありません。守るべき価値を曖昧にしないための線です。
私たちは、お客様に誠実でありたいと考えています。だからこそ、できないことをできると言わない。根拠のない期待を煽らない。社員に無理を押しつけて、その場だけを取り繕わない。
この境界線があるから、安心して挑戦できます。社員は、会社が守ってくれると感じられます。お客様も、言いにくい事実を伝えてくれる会社だと受け止められます。
以前、条件だけを見れば魅力的な相談でも、進め方に大きな違和感を覚えたことがありました。急いで契約すれば売上にはなります。しかし、説明の前提が揃わず、関係者への配慮も不足していました。そこで一度立ち止まり、前提を整理してから進める提案をしました。
結果として、その場の速度は落ちました。しかし、後から「最初に止めてくれてよかった」と言われました。顧客を選ぶ責任とは、時に進めない勇気を持つことです。
不動産業界で最後に残る人間の仕事でも書いたように、AI時代に残るのは判断の責任です。誰と、どのような関係で、何を守るのか。そこに人間の仕事があります。
顧客を選ぶ会社は、顧客からも選ばれる
顧客を選ぶ会社は、結果として顧客からも選ばれます。何を大切にしているかが明確な会社ほど、判断を信頼しやすいからです。
誰にでも合わせる会社は、一見やさしく見えます。しかし、基準が曖昧だと、社員もお客様も迷います。何を大切にしている会社なのかが見えないからです。
一方で、基準がある会社は、合う人には強く信頼されます。説明が正直で、できることとできないことが明確で、長期的な関係を大切にする。そうした会社には、同じ価値観を持つお客様が集まります。
もちろん、選ぶことには慎重さが必要です。偏見や好き嫌いで判断してはいけません。属性で線を引くのではなく、価値観、信頼関係、目的、提供できる価値で判断する。ここを間違えると、責任ではなく傲慢になります。
だからこそ、顧客を選ぶという言葉は重いのです。
まとめ|選ぶことは、守ることです
顧客を選ぶことは、排除ではありません。守ることです。お客様を守り、社員を守り、会社の信頼を守り、長く続く価値を守るための経営判断です。
顧客志向とは、何でも受け入れることではありません。お客様と共に、健全で持続可能な価値をつくることです。そのためには、時に引き受けない勇気も必要になります。
INAは、すべての相談に誠実に向き合います。しかし、すべての依頼を無条件に受けることはしません。私たちが価値を届けられる関係か。人財を守れる関係か。長期の信頼につながる関係か。そこを丁寧に見ます。
顧客を選ぶという責任は、会社の姿勢を問うものです。誰にでもよく見られる会社ではなく、守るべき価値に正直な会社でありたい。私はそう考えています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 顧客を選ぶことは失礼ではありませんか?
A. 失礼ではなく、誠実な判断になる場合があります。価値を届けられない関係を無理に続ける方が不誠実です。
Q2. 顧客志向と顧客を選ぶことは矛盾しませんか?
A. 矛盾しません。顧客志向は迎合ではなく、信頼関係の中で健全な価値を共につくる姿勢です。
Q3. どのような顧客関係は見直すべきですか?
A. 目的や前提を共有できず、社員の就業環境や既存顧客への品質に悪影響が出る関係は見直しが必要です。
Q4. 不動産会社が顧客を選ぶ基準は何ですか?
A. 属性ではなく、目的、信頼関係、説明への理解、長期的な価値提供が可能かを基準にすべきです。