賃貸物件の運営において、不動産オーナーの皆様が最も頭を悩ませる問題の一つが修繕費の負担区分です。特に網戸張替については、入居者からの問い合わせが多く、適切な対応が求められる重要な課題となっています。
網戸は日常的に使用される設備でありながら、その修繕費用の負担者について明確な理解を持たれていないオーナー様も少なくありません。適切な判断を行わないと、入居者とのトラブルに発展したり、不必要な費用負担を強いられたりする可能性があります。
本記事では、INA&Associatesとして長年にわたり不動産管理業務に携わってきた経験を基に、賃貸物件修繕費における網戸張替の負担区分について、法的根拠と実務上のポイントを詳しく解説いたします。不動産オーナー負担の範囲を正確に理解し、適切な賃貸経営修繕管理を実現するための指針をご提供いたします。
網戸張替の負担区分に関する基本的な考え方
法的根拠となる原状回復ガイドライン
網戸張替の負担区分を理解するためには、まず国土交通省が策定した「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の内容を把握することが重要です。このガイドラインは、賃貸住宅の退去時における原状回復網戸の扱いについて、明確な指針を示しています。
原状回復ガイドラインでは、修繕費用の負担区分を「入居者の故意・過失による損耗」と「自然損耗・経年劣化」に大別しています。網戸についても、この基本原則が適用されます。具体的には、入居者が故意に破損させた場合や、不適切な使用方法により破損が生じた場合は入居者負担となります。一方、紫外線による劣化や風雨による自然な損耗については、貸主である不動産オーナーの負担となるのが原則です。
しかしながら、網戸の場合は他の設備と異なり、「消耗品」として扱われることが多いという特殊性があります。この点が、網戸張替の負担区分を複雑にしている主要な要因となっています。消耗品として位置づけられた場合、経年劣化による破損であっても入居者負担となるケースが一般的です。
網戸の「消耗品」と「設備」の区分
賃貸契約修繕義務を考える上で、網戸が「消耗品」として扱われるか「設備」として扱われるかは極めて重要な判断基準となります。この区分は、賃貸借契約書の記載内容によって決定されます。
消耗品として扱われる場合、網戸は電球や蛍光灯と同様の位置づけとなり、入居中の交換や修繕は入居者の責任となります。この考え方の背景には、網戸が比較的安価で交換が容易であり、日常的な使用により劣化が進行する性質を持つという理由があります。多くの賃貸物件では、この消耗品としての扱いが採用されています。
一方、設備として扱われる場合は、エアコンや給湯器と同様に、経年劣化による故障や破損については貸主が修繕費用を負担することになります。この場合、入居者の故意・過失による破損のみが入居者負担となります。
契約書記載内容の重要性
賃貸物件維持管理において最も重要なのは、賃貸借契約書における網戸の扱いに関する記載内容です。契約書に「網戸張替えなどの小修繕は賃貸人負担とする」という文言が含まれている場合は、経年劣化による破損であっても貸主負担となります。
逆に、「消耗品の交換は賃借人負担とする」という記載があり、その消耗品の範囲に網戸が含まれている場合は、原則として入居者負担となります。このように、契約書の記載内容が最終的な判断基準となるため、オーナー様は契約書の内容を十分に理解し、必要に応じて見直しを検討することが重要です。
また、契約書に明確な記載がない場合は、一般的な商慣習や地域の慣例に従って判断されることになります。この場合、トラブルを避けるためにも、事前に入居者との間で網戸の扱いについて明確に合意しておくことが推奨されます。
網戸の耐用年数と負担区分の実務
網戸の耐用年数について
網戸耐用年数を正確に理解することは、適切な負担区分を判断する上で不可欠です。網戸の耐用年数は、使用される素材や設置環境によって異なりますが、一般的には以下のような期間が目安となります。
網戸の網部分については、ポリプロピレン製やポリエステル製の場合で5年から8年程度、より耐久性の高いステンレス製の場合で8年から10年程度が、製品の交換目安として実務で用いられています。ただしこれらは製品側の目安であって、国土交通省の原状回復ガイドラインや税法上の耐用年数として定められた数値ではありません(この点は後の章で詳しく扱います)。一方、網戸の枠部分(アルミサッシ)については、15年程度の耐用年数が一般的です。
これらの耐用年数は、紫外線による劣化、風雨による損耗、温度変化による材質の変化などの自然要因を考慮して設定されています。特に南向きの窓に設置された網戸は、紫外線の影響を強く受けるため、耐用年数が短くなる傾向があります。
耐用年数と負担区分の関係
不動産管理網戸において重要なのは、耐用年数と負担区分の関係性です。網戸が耐用年数を迎える前に破損した場合と、耐用年数を超えて使用されている場合では、負担区分の考え方が異なります。
耐用年数内での破損については、その原因が入居者の故意・過失によるものか、自然損耗によるものかを慎重に判断する必要があります。例えば、設置から3年程度で網に大きな穴が開いた場合、通常の使用では考えられない損傷であるため、入居者の過失による破損と判断される可能性が高くなります。
一方、耐用年数を超えて使用されている網戸については、経年劣化による破損と判断されるのが一般的です。この場合、契約書で消耗品として扱われていても、貸主負担となるケースが増えています。これは、耐用年数を超えた設備については、入居者に交換義務を課すことが不合理であるという考え方に基づいています。
ケース別負担区分の詳細
実際の賃貸経営修繕において遭遇する具体的なケースについて、負担区分を整理してみましょう。
入居者負担となるケース
入居者の故意による破損は明確に入居者負担となります。例えば、網戸に物をぶつけて破損させた場合、ペットが爪で引っかいて破損させた場合、不適切な清掃方法により網を破損させた場合などが該当します。一方、「契約書で消耗品として明記していれば、通常使用による劣化も入居者負担にできる」という整理には注意が必要です。2020年4月施行の改正民法第621条は、原状回復義務の対象から「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」を明文で除外しており、これを借主負担に付け替えるには特約が必要になります。さらに最高裁判所第二小法廷 平成17年12月16日判決は、通常損耗の負担を賃借人に負わせる特約について、負担する通常損耗の範囲が契約書の条項自体に具体的に明記されているか、口頭説明により賃借人が明確に認識して合意したと認められることを要求しています。「消耗品は賃借人負担」という抽象的な文言だけでは、この要件を満たしません(詳細は後述)。
喫煙による網戸の変色や臭いの付着についても、入居者の使用方法に起因する損耗として、入居者負担となるケースが多くなっています。特に、禁煙物件での喫煙による損耗については、契約違反としても扱われる可能性があります。
貸主負担となるケース
経年劣化による自然な損耗は貸主負担となります。具体的には、紫外線による網の劣化、風雨による自然な損耗、温度変化による材質の劣化などが該当します。また、耐用年数を超えた網戸の交換についても、貸主負担となるのが適切です。
次の入居者確保のために行う網戸張替えについても、原状回復ガイドラインでは貸主負担として明記されています。これは、入居者の入れ替わりに伴う美観の向上を目的とした修繕であり、前入居者の責任ではないという考え方に基づいています。
地震などの自然災害による破損についても、入居者に責任がない損耗として貸主負担となります。また、建物の構造的な問題(例:窓枠の歪みによる網戸の破損)についても、貸主の責任として修繕費用を負担する必要があります。
原状回復ガイドラインに「網戸の耐用年数」は書かれていない
「網戸 耐用年数 ガイドライン」で検索される方が多いテーマですが、ここは実務上いちばん誤解が多い部分です。国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」本体・Q&A・参考資料のいずれにも、網戸の耐用年数は記載されていません。本記事の作成にあたり、国土交通省が公開している同ガイドラインの各PDF(再改訂版、Q&A、参考資料)の全文を検索して確認しました。
ガイドラインに実際に書かれている網戸の記載は2か所だけ
ガイドラインで網戸に触れているのは、次の2か所です。
| 箇所 | 記載内容 | 意味 |
|---|---|---|
| 別表1・別表2【建具等、襖、柱等】 | 「網戸の張替え(破損はしていないが、次の入居者確保のために行うもの)」を賃貸人(貸主)の負担側に例示。区分はA(+G) | 考え方として「入居者入れ替わりによる物件の維持管理上の問題であり、賃貸人の負担とすることが妥当と考えられる」と付記 |
| 別表3「原状回復工事施工目安単価」 | 「網戸(網・枠)」を【建具】の対象箇所として掲載。単位は「枚」、原状回復内容は「洗浄・調整・交換」 | 網戸は建具の一部として、枚単位で精算する部位という位置づけ |
つまりガイドラインは、網戸を「消耗品」ではなく「建具」に分類しています。この分類の違いが、そのまま経過年数の扱いに効いてきます。
建具の経過年数は「考慮しない。考慮する場合は建物の耐用年数」
ガイドラインの耐用年数表には、畳表・カーペット・クッションフロア・壁クロス・流し台・設備機器などが並びますが、そこに網戸の行はありません。網戸が属する建具については、次のように書かれています。
(襖、障子等の建具部分、柱)経過年数は考慮しない。(考慮する場合は当該建物の耐用年数で残存価値1円となるような直線を想定し、負担割合を算定する。)
実務上の意味は大きく、網戸に「6年」や「8年」といった短い償却期間を当てて借主の負担割合を算定する根拠は、ガイドラインには存在しないということです。クロスの6年やカーペットの6年と同じ感覚で網戸に短い年数を当てはめると、借主に過大な負担を求める計算になります。経過年数を考慮するのであれば、当該建物の耐用年数(鉄筋コンクリート造の住宅であれば法定耐用年数47年)で残存価値1円となる直線を引くのが、ガイドラインが示している方法です。
また、負担単位についてもガイドラインは建具・柱の欄で「襖1枚単位」「柱1本単位」としています。網戸も同じ考え方で、破れた1枚分が単位となり、他の窓の網戸まで一括で請求する根拠にはなりません。
本記事に記載した耐用年数の位置づけ
前節で示した「網部分5〜8年」「ステンレス製8〜10年」「枠15年」といった数字は、製品の交換目安として実務で用いられている値であり、国土交通省のガイドラインが定めた数値ではありません。入居者との交渉や退去精算の場面で「ガイドラインで網戸は何年と決まっている」と説明することはできない、という点はオーナー様に押さえていただきたいところです。修繕計画上の目安としては有用ですが、負担割合の算定根拠としては別物として扱う必要があります。
実務上の対応方法と費用相場
網戸張替の費用相場
網戸張替の費用を適切に把握することは、負担区分を決定する際の重要な判断材料となります。以下の表に、一般的な網戸張替の費用相場をまとめました。
| 作業内容 | 費用相場(1枚あたり) | 備考 |
|---|---|---|
| 網のみ張替え(DIY) | 500円~1,500円 | 材料費のみ |
| 網のみ張替え(業者依頼) | 2,000円~4,000円 | 出張費・工賃込み |
| 網戸本体交換 | 8,000円~15,000円 | 枠も含む完全交換 |
| 特殊サイズ・高機能網戸 | 15,000円~30,000円 | 防虫・UVカット等 |
これらの費用相場を踏まえると、網のみの張替えであれば比較的少額であるため、消耗品として入居者負担とすることに合理性があります。一方、網戸本体の交換が必要な場合は、費用が高額になるため、貸主負担とすることが適切なケースが多くなります。
対応フローの確立
不動産管理網戸において、トラブルを未然に防ぐためには、明確な対応フローを確立することが重要です。入居者から網戸の修繕依頼があった場合の標準的な対応手順をご紹介します。
まず、破損状況の確認を行います。可能であれば現地確認を実施し、破損の程度と原因を特定します。写真撮影による記録も重要です。次に、契約書の記載内容を確認し、網戸の扱いが消耗品か設備かを明確にします。
破損原因の判定では、入居者の故意・過失による破損か、経年劣化による自然損耗かを慎重に判断します。判断が困難な場合は、設置時期、使用期間、破損状況などを総合的に考慮します。
負担区分が決定したら、入居者に対して明確に説明を行います。入居者負担の場合は、修繕方法(DIYか業者依頼か)について相談し、貸主負担の場合は速やかに修繕手配を行います。
予防策と長期的な管理方針
賃貸物件維持管理の観点から、網戸に関するトラブルを予防するための対策も重要です。定期的な点検により、網戸の状態を把握し、耐用年数を迎える前に計画的な交換を実施することで、突発的な修繕費用を抑制できます。
入居時の説明において、網戸の適切な使用方法や清掃方法について説明することも効果的です。特に、強風時の取り扱いや、清掃時の注意点について具体的に説明することで、入居者の過失による破損を防止できます。
また、契約書の見直しも定期的に行うことが推奨されます。網戸の扱いについて曖昧な記載がある場合は、明確な条項を追加することで、将来的なトラブルを防止できます。
地域差と物件特性の考慮
網戸張替の負担区分については、地域の商慣習や物件の特性も考慮する必要があります。海岸部や工業地帯など、特殊な環境にある物件では、網戸の劣化が早く進む可能性があります。このような立地条件を考慮して、耐用年数の設定や負担区分の判断を行うことが重要です。
高級賃貸物件では、網戸についても高品質なものが設置されていることが多く、この場合は設備として扱われることが一般的です。一方、学生向けアパートなどでは、コスト重視の観点から消耗品として扱われることが多くなっています。
物件の築年数も重要な要素です。築年数が古い物件では、網戸以外の設備も老朽化が進んでいることが多く、総合的な修繕計画の中で網戸の交換時期を検討することが効率的です。
網戸の張替費用は減価償却するのか——オーナーの経理処理
「網戸 減価償却」という調べ方をされる方が増えていますが、結論から書くと賃貸物件の網戸で減価償却の計算をする場面はほとんどありません。その理由を、法令と国税庁の取扱いに沿って整理します。
耐用年数省令に「網戸」という区分は存在しない
減価償却資産の耐用年数は「減価償却資産の耐用年数等に関する省令」(昭和40年大蔵省令第15号)の別表で定められています。この省令の全文を検索したところ、「網戸」も「建具」も一語も出てきません。網戸は独立した減価償却資産ではなく、建物または建物附属設備の一部として扱われる部位だからです。したがって「網戸の法定耐用年数は何年か」という問い自体が、税務上は成立しません。
金額で処理が決まる
実務では、支出額によって次のように処理が分かれます。
| 支出の内容 | 処理 | 根拠 |
|---|---|---|
| 一つの修理・改良等の金額が20万円未満、またはおおむね3年以内の周期で行われる修理・改良 | 全額を修繕費として必要経費 | 国税庁タックスアンサーNo.1379(所法37、所令127・181、所基通37-10〜37-14の2) |
| 網戸本体の取得価額が10万円未満 | 少額の減価償却資産として全額を必要経費 | 国税庁タックスアンサーNo.2100 |
| 取得価額が10万円以上20万円未満 | 一括償却資産として3年間で均等償却(各年に合計額の3分の1) | 国税庁タックスアンサーNo.2100 |
| 青色申告者が取得した10万円以上30万円未満の資産 | 合計300万円まで全額を必要経費(適用期限のある特例) | 租税特別措置法第28条の2。適用期限は改正のたびに変わるため申告時点で国税庁の案内を確認 |
具体例で確認する
本記事前半の費用相場に当てはめると、次のようになります。
- 網のみ張替え(業者依頼)を1棟20戸で60枚、1枚3,000円=18万円:一つの修理として20万円未満なので、全額が修繕費です。
- 網戸本体交換を1枚12,000円で10枚=12万円:本体1枚あたり10万円未満のため少額の減価償却資産にあたり、こちらも全額が必要経費です。合計額ではなく1単位あたりの取得価額で判定します。
- 外壁改修と同時に全戸の建具を更新し、工事全体で数百万円:この規模になると、建物の価値を高める資本的支出に該当するかどうかの判定が必要になります。国税庁No.1379は、支出額が60万円未満のとき、またはその資産の前年末の取得価額のおおむね10パーセント相当額以下のときは修繕費として差し支えないという形式基準も示しています。
ここで注意していただきたいのは、「原状回復ガイドライン上の耐用年数」と「税務上の耐用年数」はまったく別の概念だということです。前者は退去時に借主の負担割合を算定するための考え方、後者は貸主が費用を何年に配分して申告するかの話で、一方の数字をもう一方に持ち込むと計算が合わなくなります。網戸についてはそもそもどちらにも固有の年数が定められていないため、なおさら混同を避ける必要があります。
まとめ
賃貸物件の網戸張替における負担区分は、契約書の記載内容、破損の原因、網戸の耐用年数などを総合的に判断して決定する必要があります。不動産オーナーの皆様には、以下の重要なポイントを押さえていただきたいと思います。
第一に、契約書における網戸の位置づけを明確にすることです。消耗品として扱うか設備として扱うかによって、負担区分が大きく変わります。曖昧な記載は将来的なトラブルの原因となるため、明確な条項を設けることが重要です。
第二に、網戸耐用年数を適切に把握し、計画的な交換を実施することです。耐用年数を超えた網戸については、経年劣化による交換として貸主負担となることが一般的であるため、予算計画に組み込んでおく必要があります。
第三に、破損原因の適切な判定を行うことです。入居者の故意・過失による破損と自然損耗を正確に区別し、公平な負担区分を実現することが、良好な賃貸関係の維持につながります。
賃貸経営修繕において、網戸は比較的小さな設備ですが、適切な管理により入居者満足度の向上と運営コストの最適化を両立できます。INA&Associatesでは、このような細かな管理業務についても、オーナー様の負担軽減と収益性向上を目指したサポートを提供しております。
今後の賃貸物件維持管理においては、網戸を含む各種設備の計画的な更新と、明確な負担区分の設定により、トラブルのない安定した賃貸経営を実現していただければと思います。ご不明な点がございましたら、お気軽にご相談ください。
「網戸は消耗品だから借主負担」という特約は有効か
賃貸借契約書に「網戸を含む消耗品の交換は賃借人負担とする」と書いておけば、経年劣化でも入居者に請求できる——実務でよく聞く整理ですが、この考え方は2020年4月施行の改正民法以降、そのままでは通用しなくなっています。
民法第621条が通常損耗・経年変化を義務の対象から外した
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。(民法第621条)
紫外線による網の劣化や風雨による損耗は、この括弧書きが除外する「通常の使用及び収益によって生じた損耗」「経年変化」にあたります。したがって原則としては貸主負担であり、それを借主負担に付け替えるには「特約」が必要という構造になります。
通常損耗を借主負担にする特約には、最高裁が示した要件がある
最高裁判所第二小法廷 平成17年12月16日判決は、通常損耗の原状回復義務を賃借人に負わせる特約について、次の趣旨を示しています。
- 賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が、賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されていること
- 契約書上明らかでない場合には、賃貸人が口頭で説明し、賃借人がその旨を明確に認識して合意の内容としたと認められるなど、特約が明確に合意されていること
この判決では、原状回復条項に通常損耗の範囲が具体的に示されておらず、入居説明会での説明もその範囲を明らかにしていなかったことから、特約の成立が認められませんでした。「消耗品は賃借人負担」という一般的・抽象的な文言だけでは、この要件を満たしません。
標準契約書の作りとも整合しない
国土交通省「賃貸住宅標準契約書」(平成30年3月版)は第9条第5項で、借主が自ら行える修繕を別表第4に列挙しています。その内容は「ヒューズの取替え」「蛇口のパッキン、コマの取替え」「風呂場等のゴム栓、鎖の取替え」「電球、蛍光灯の取替え」「その他費用が軽微な修繕」の5項目で、網戸は含まれていません。網戸を電球や蛍光灯と同列の消耗品として借主に振る整理は、標準契約書の設計とは異なるということです。
あわせて標準契約書の別表第5は、例外としての特約について「ただし、民法第90条並びに消費者契約法第8条、第8条の2、第9条及び第10条に反しない内容に関して」という留保を明記しています。消費者契約法第10条は、消費者の義務を加重し、信義則に反して消費者の利益を一方的に害する条項を無効とする規定です。
オーナー・管理会社としての実務対応
ここまでを踏まえると、網戸の負担区分をめぐって係争リスクを下げる書き方は次のようになります。
- 「消耗品」という括りで書かない。どの部位の、どのような損耗を借主負担とするかを、網戸なら「網戸の網部分の破れ・穴あきの補修」のように具体的に書く。
- 金額の目安を併記する。「1枚あたり○○円程度」と書いておくと、賃借人がどの程度の負担を引き受けたのかを認識していたことの裏づけになる。
- 入居時の説明を記録に残す。重要事項説明や入居時の立会いの際に説明し、確認欄に署名をもらう。最高裁判決が問題にしたのは、まさにこの認識の有無です。
- 次の入居者確保のための張替えは請求しない。ガイドラインが明示的に貸主負担としている項目であり、ここを借主に請求すると特約全体の信頼性を損ないます。
よくある質問
Q1.入居者が勝手に網戸を交換した場合、費用は誰が負担しますか?
入居者が事前の相談なく網戸を交換した場合の費用負担については、契約書の記載内容と交換の必要性によって判断が分かれます。
契約書で網戸が消耗品として扱われており、交換が必要な状態であった場合は、入居者の負担で問題ありません。ただし、事前の相談なく交換を行った場合は、原状回復時に元の仕様に戻すよう求めることも可能です。
一方、まだ使用可能な網戸を入居者の都合で交換した場合は、その費用は入居者負担となります。また、交換した網戸が物件の仕様に適合しない場合は、退去時に適切な仕様への交換を求めることができます。
トラブルを防ぐためには、網戸の交換を行う前に必ず管理会社またはオーナーに相談するよう、契約書に明記しておくことが重要です。
Q2.網戸の一部分だけが破れている場合、全面張替えが必要ですか?
網戸の一部分のみの破損については、破損の程度と範囲によって対応方法が異なります。
小さな穴や部分的な破れの場合は、補修用のテープやパッチを使用した部分修理で対応可能です。この場合の費用は数百円程度であり、消耗品として扱われている場合は入居者負担となることが一般的です。
しかし、破損範囲が広い場合や、複数箇所に破損がある場合は、全面張替えが必要となります。また、部分修理では美観を損なう場合や、修理箇所から更なる破損が拡大する可能性がある場合も、全面張替えが推奨されます。
判断に迷う場合は、専門業者に相談し、修理と張替えの費用対効果を比較検討することが適切です。
Q3.網戸がない物件で、入居者が網戸設置を希望した場合の対応は?
網戸が設置されていない物件で入居者が網戸設置を希望した場合は、設置費用の負担と退去時の取り扱いについて事前に合意しておく必要があります。
入居者負担で設置する場合は、退去時の取り扱いを明確にしておくことが重要です。一般的には、入居者が設置した網戸は退去時に撤去し、原状回復することが求められます。ただし、次の入居者にとって有益な設備である場合は、そのまま残置することも可能です。
貸主負担で設置する場合は、物件の付加価値向上として位置づけ、今後の入居者募集時のアピールポイントとして活用できます。この場合、設置後の維持管理についても貸主責任となります。
いずれの場合も、設置前に書面による合意を取り交わし、後日のトラブルを防止することが重要です。
Q4.高機能網戸(防虫・UVカット等)の場合、負担区分は変わりますか?
高機能網戸については、その機能と設置目的によって負担区分の考え方が変わる場合があります。
物件の標準仕様として高機能網戸が設置されている場合は、通常の網戸と同様に契約書の記載内容に従って負担区分を判断します。ただし、高機能網戸は一般的な網戸よりも高価であるため、設備として扱われることが多くなっています。
入居者の希望により高機能網戸に交換した場合は、その差額分については入居者負担となることが一般的です。退去時には、元の仕様に戻すか、高機能網戸をそのまま残置するかについて協議が必要です。
高機能網戸の耐用年数は一般的な網戸よりも長い場合が多いため、交換時期の判断についても慎重に行う必要があります。
Q5.網戸の清掃は誰の責任ですか?
網戸の日常的な清掃については、入居者の責任となることが一般的です。これは、網戸が居住者の快適性を向上させる設備であり、日常的な使用に伴う汚れの除去は入居者が行うべき管理業務と考えられているためです。
ただし、建物の構造や立地条件により、通常の清掃では除去困難な汚れが付着する場合は、貸主負担での専門清掃が必要となることもあります。例えば、工業地帯での煤煙による汚れや、海岸部での塩害による腐食などが該当します。
退去時の清掃については、通常の使用による汚れは入居者負担、経年による変色や劣化は貸主負担として区別されます。喫煙による変色や臭いの付着については、入居者の使用方法に起因するものとして入居者負担となることが一般的です。
