東京での「普通の暮らし」を維持するために、収入の40%を家賃に充てることが当たり前になってきています。かつて不動産業界で語られてきた「家賃は収入の33%まで」という目安は、もはや東京の現実には合わなくなりました。年収700〜800万円という、社会的には十分に恵まれた収入水準でも、16〜17万円の家賃を支払いながら「ギリギリで生活している」という声が業界関係者の間でも増えています。この記事では、東京の家賃と収入の割合が急変した構造的な背景を分析し、賃貸オーナーや不動産投資家にとっての示唆を考えます。
この記事のポイント - 東京の家賃と収入の割合は、かつての「33%」基準から「40%」が実態へと変化している - 年収800万円でも月17万円台の家賃が「普通」になり、家計の余裕が失われつつある - 建設費高騰による新築供給の激減が既存物件への需要を集中させ、賃料上昇を加速させている - 募集賃料と成約賃料の間には約1.7〜1.8倍の乖離があり、市場の実態は数字より複雑だ - 賃貸オーナーには追い風だが、「借り手が生活できる水準」を超えると市場が壊れるリスクがある
「収入の33%」という目安はなぜ崩れたのか
不動産業界には長年、「家賃は手取り収入の30〜33%以内に抑えるべき」という経験則がありました。住宅ローンでいう「返済比率」と同様の概念で、金融機関の入居審査基準にも影響してきた指標です。この目安の背景には、家賃以外の生活費——食費・光熱費・交通費・医療費・子育て費用など——をまかなうだけの余力を残すという考え方がありました。
しかし今、東京23区を中心とした都心部では、この前提が根底から揺らいでいます。東京の家賃と収入の割合を実態ベースで見ると、40%前後が「標準」になっているケースが増えており、それを「仕方がない」と受け入れながら生活している世帯が確実に増えています。
なぜこうした状況になったのか。その原因は一つではなく、供給・需要・コスト構造という三つの力が同時に動いた結果です。
年収800万円でも「ギリギリ」という現実
年収700〜800万円といえば、全国平均を大きく上回る水準です。にもかかわらず、都内で働く30〜40代の間では「それで余裕のある暮らしができているとは言えない」という声が目立ちます。月収ベースに換算すると手取りでおよそ45〜55万円程度。そのうち16〜17万円を家賃に充てると、残りは30万円前後になります。
食費・光熱費・通信費・保険料・交通費などを差し引けば、貯蓄に回せる金額はわずかです。子育て世帯であれば教育費もかかります。東京での標準的な支出構造の中で、家賃の占める割合が40%に達している世帯は、日々の生活設計に相当な制約を感じているはずです。
都内通勤に必要なエリアと家賃の関係
東京で働く会社員の場合、「職場まで1時間以内」という条件を満たしながら家賃を抑えるには、23区周縁部か神奈川・埼玉・千葉の主要路線沿いまで出る必要があります。片方だけが都内に通勤する場合はその選択肢が取れますが、夫婦共働きで両方が都心の異なるオフィスに通う場合、郊外に住むという選択肢はほぼ消えます。
賃貸住宅とサテライトオフィスの関係——働き方と住まい選びの変化でも触れているように、働き方の変化は住まいの選択基準に直接影響します。テレワーク普及が一時的に郊外移住を促進しましたが、出社回帰の流れの中で都心近郊需要は再び強くなっています。
共働き世帯が直面する「都心近郊の壁」
共働き世帯の場合、「どちらかが電車で30分以内」という条件を両立するとなると、居住エリアの選択肢は渋谷・新宿・品川・東京駅などの主要ターミナルから一定距離に限られます。この条件を満たせる2LDK以上の物件は、2026年時点で20万円を超えるものが主流になっています。収入が世帯合計で1,200万円あっても、家賃の割合は容易に20〜25%を超え、「決して余裕ではない」という実感を持つ家庭は少なくありません。
なぜ賃料はここまで上がったのか——3つの構造的要因
東京の賃料が急上昇している理由は、三つの構造変化が重なっています。
第一に、新築供給の激減。 建設費の高騰が続く中、新規マンションの建設コストは過去5年で大幅に上昇しました。建設会社への発注価格が上がり、採算が合わないとして着工を見送るデベロッパーも増えています。特に都市部での新築賃貸マンションの供給は顕著に落ちており、新たな選択肢が市場に出てこない状況が続いています。
第二に、既存物件への需要集中。 新築が減れば、既存の中古・築浅物件に希望者が集中します。同じ物件に複数の申し込みが入る競争状態が生まれ、大家側は「申し込みが来た」段階で値下げ交渉に応じる必要がなくなりました。むしろ「次の申し込み者に決める」という選択肢が現実になっています。
第三に、更新時の賃料改定。 かつては「賃料は容易に上げられない」というのが賃貸業界の常識でした。しかし現在は、2年ごとの契約更新のタイミングで周辺相場と比較した賃料改定が行われるケースが増えています。業界内では「2年で10%上がるのは普通、周辺相場との比較では20%上がったケースもある」という話が現場から聞こえてきます。
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募集賃料と成約賃料の「乖離」——表示価格に惑わされるな
不動産ポータルに掲載されている「募集賃料」と、実際に成約した「成約賃料」の間には、東京市場において約1.7〜1.8倍の乖離があるという指摘があります。
これはどういうことかというと、物件が実際には「12万円」で成約していても、ポータルには「21万円」で掲載されている——そのような乖離が一定数存在するということです。この乖離は、「とりあえず高めで出してみて、問い合わせが来れば交渉する」という募集戦略から生まれるケースや、地域相場より大幅に高い設定で長期空室になっているケースが混在することで起きます。
市場全体で見ると、ポータルの平均掲載賃料は実態より高く見える構造になっており、これを鵜呑みにして投資判断をすると誤った収益シミュレーションにつながるリスクがあります。オーナーが賃料設定をする際には、ポータルの募集賃料ではなく、成約ベースのデータを参照することが重要です。
「30万円超は決まらない」から「50万円も成約」へ
ここ数年で東京の賃貸市場が大きく変わったことを実感する現象の一つが、高額賃料帯の成約状況の変化です。以前は「月30万円を超える賃貸は、なかなか決まらない」というのが業界の肌感覚でした。外国人駐在員や一部の富裕層向けの特殊な市場でしか見られなかった価格帯です。
しかし現在は、月40〜50万円帯の物件でも成約するケースが出ています。これは特定の富裕層向けに限った話ではなく、都心の好立地・高品質物件を求める需要が増えたことを反映しています。外資系企業の日本進出・外国人エグゼクティブの増加・テック系スタートアップの台頭など、賃料水準の高い需要層が厚みを増した結果です。
高額賃料帯の成約が増えることは、市場全体の「天井」を引き上げる効果を持ちます。50万円が成約するなら、20万円は「まだ安い」という感覚が広がり、全体の相場感が上方にシフトしていきます。
賃貸オーナーはこの局面をどう読むべきか
現在の東京賃貸市場はオーナーにとって追い風の局面です。需要が供給を上回り、空室が出ても比較的早く埋まるケースが増えています。賃料改定の交渉もしやすい環境です。
ただし、私たちINA&Associatesとしては、この局面を手放しで「オーナー有利の好機」と表現することには慎重でいたいと思っています。理由は、賃料が上がり続ける市場は、最終的に「借り手がいなくなる」というリスクを内包しているからです。
不動産管理コストを最適化する5つの戦略で詳述しているように、長期的に安定した収益を生む賃貸経営には、適切な空室率の維持と、信頼できる入居者との継続的な関係が欠かせません。賃料を上げすぎて優良な入居者が退去し、新規入居者の質が下がるという悪循環は、短期的な収入増より大きなダメージをもたらします。
市場環境が有利な今こそ、賃料設定の戦略的な見直しと、入居者満足度の向上に投資するタイミングです。賃料の見直しをご検討のオーナーの方は、INAの賃貸管理チームへご相談ください。地域の成約データをもとに、適正な賃料水準の設定をサポートしています。
INA&Associatesの見解——「どこかで生活できるか」という懸念
業界内では「このまま賃料が上がり続けたら、東京で普通に生活できる人がいなくなるのではないか」という懸念が聞かれます。これは単なる感傷ではなく、経済的に合理的な問いかけです。
家賃が収入の40%を超えるような水準が定着すると、低〜中所得層は東京から郊外へ、郊外からさらに遠方へと押し出されていきます。この現象は「ジェントリフィケーション」と呼ばれ、ニューヨーク・ロンドン・シンガポールなどの国際都市がすでに経験してきた課題です。ニューヨークのマンハッタンでは、2000年代から2020年代にかけてこの問題が深刻化し、低中所得層の市外転出が加速しました。都市の多様性が失われ、サービス業・製造業・物流業などを担う人財が確保できなくなる——という問題に発展します。
東京という都市の持続可能な成長を考えたとき、賃料上昇を単純に「市場原理」として放置するのではなく、供給側の構造的改善——新築供給の促進・既存住宅の流通活性化・公的賃貸住宅の充実——を政策レベルで検討することが必要だと私は考えています。オーナー・投資家・行政・居住者が協調してこの問題に向き合う姿勢が、長期的に見て健全な不動産市場を維持することにつながります。
まとめ
東京の家賃と収入の割合は、業界の常識だった「33%以下」から「40%が当たり前」へと変化しています。その背景には、新築供給の激減・既存物件への需要集中・2年更新での賃料改定という三つの構造的要因があります。
- 年収700〜800万円でも月17万円前後の家賃を払い「ギリギリ」という世帯が増えている
- 募集賃料と成約賃料の乖離(1.7〜1.8倍)があり、市場の実態は数字より複雑だ
- 高額賃料帯(40〜50万円)の成約が増え、相場の「天井」が引き上げられている
- 賃貸オーナーには追い風だが、借り手の生活水準を超えた賃料上昇は市場の持続可能性を損なう
- 長期的な賃貸経営の安定には、市場追随型の値上げではなく戦略的な賃料設定が重要
筆者:稲澤大輔(INA&Associates株式会社 代表取締役) 最終更新:2026年4月
よくある質問(FAQ)
Q1. 東京で家賃の割合を収入の何%以内に抑えるのが理想ですか?
A. 理想は手取り収入の30〜35%以内ですが、現在の東京では40%以内が現実的な上限です。生活水準の最低限を保てるラインであり、貯蓄・老後資金・教育費を確保するには、できる限り35%以下に抑えることが望ましいと言えます。郊外や都外への居住も視野に入れると、選択肢は広がります。
Q2. 賃貸更新時に家賃が上がった場合、入居者は交渉できますか?
A. 法的には、更新時の賃料改定には双方の合意が必要であり、一方的な値上げは認められません。借地借家法の規定により、正当な事由なく入居者が合意しない限り現状の賃料での更新が可能です。ただし、周辺相場との著しい乖離がある場合は、オーナーから賃料増額請求訴訟が提起されるケースもあります。具体的な交渉は不動産の専門家に相談することをお勧めします。
Q3. 新築賃貸マンションの供給が減っている理由は何ですか?
A. 建設費の高騰が主な理由です。鉄鋼・コンクリート等の資材価格の上昇に加え、建設業界の人手不足による労務費の上昇が続いており、新築物件の採算ラインが大幅に上がっています。また、土地価格の高止まりも開発コストを押し上げており、採算が見込めないプロジェクトは着工が見送られるケースが増えています。
Q4. 賃貸オーナーとして、今後の賃料設定はどう考えればよいですか?
A. 市場が追い風でも、急激な値上げは入居者の退去リスクを高め、長期的に空室コストや原状回復コストが増す可能性があります。成約賃料ベースのデータで適正相場を把握し、現在の入居者との関係を良好に保ちながら段階的に見直すアプローチが有効です。INA&Associatesでは地域の成約データに基づく賃料相場分析を提供していますので、お気軽にご相談ください。
引用・参考資料
- 国土交通省「住宅市場動向調査」
- 総務省「家計調査年報」(住居費関連データ)
- 国土交通省「不動産価格指数(住宅)」